それは2学期が始まってしばらくした頃だった。

「乃梨子さん、ちょっと相談が

「可南子さん、どうしたの?」

「込み入った話だから、ここや薔薇の館はマズいのよ」

 そう言って、可南子は乃梨子を教室から連れ出した。

 

「可南子、どうしたの?」

 人気がない古い温室の辺りまで来ると、乃梨子は親友に尋ねる。

「乃梨子は祐麒さんと長く付き合ってるじゃない」

「確かに1年近くになるわ。それがどうしたの?」

 すると、可南子は顔を赤らめ、体を縮込ませるようにして言う。

「それぐらいになるとあっちの関係もあると思うんだけど

 その言葉に、乃梨子のほうも顔を赤くする。

「確かに、何度がそう言う流れになった事はあるけど

「どれくらい付き合いだしてから、そう言う関係になった?」

「はっ?」

「だから、初めての時

 その言葉に、乃梨子はピンと来るものがあった。

「可南子、もしかして

 乃梨子の問いに、可南子は、「実は2月ほど前から」と、肯定の発言をする

「ええっと。お相手は祐巳さんやみゃあちゃんじゃなくて、男性よね?」

「うん」

「あたしが知っている人?」

「乃梨子は知らない人よ」

「そう。それで、その彼から求められたってことね?」

 うなずく可南子を見て、乃梨子は少し思案する。

あたしと祐麒くんの場合は、付き合い出して4ヶ月ぐらいたった頃よ。これ

が早いか遅いかは、周りに判断材料がないから判らないけど。ただ、あたしは可

南子がくだらない男性を好きになるとは思ってないから、あとは可南子の気持ち

の問題じゃないかな?」

「乃梨子

「一生に一度の事だし、あたしたち女にとって大事な事だからね」

 そう言うと、乃梨子は可南子の背中を軽くポンポンと叩いた。

 

 

ウォォォン

甲高いエンジン音を響かせて、夕暮れの埼京バイパスを突っ走る一台のバイク。

(ペーターさんの【かなり不適切な発言】がっ!!。おかげで可南子と約束して

いる時間ギリギリじゃないかよ

 車の間をすり抜け、高低差のある部分ではマシンを跳ねさせながら、ヘルメッ

トの中でぶつぶつと文句をタレる。

 彼の名前は松岡由貴。名神高校3年で、バスケット部所属。インターハイの優

秀選手にも選ばれた逸材であり、高校全日本バスケットチームのメンバーでもあ

る。

 そしてなにより、彼こそが、リリアン女学園の紅薔薇さまこと、細川可南子の

恋人なのである。

 

 

 2人が初めて会ったのは、ゴールデンウィークにあった関東の選抜練習会だっ

た。

 ウォーミングアップでシューティングしていた可南子に、「もっと流線的に打

てばさらに入るよ」と由貴が声を掛けたのがきっかけだった。

「ボール貸してくれるかい?」

 そう言われて可南子がボールを渡すと、由貴は渡された場所から一気にドリブ

ルでサイドに持ち込み、可南子がやっていたのと同じように、切り返しと同時に

ジャンプして、シュートを撃つ。ボールは綺麗な放物線を描いて、リングに吸い

込まれる。

 流れの美しさ、スピードに、可南子の口から思わず「すごい」と言う言葉が

漏れる。

「スピードは別として、君ならこれぐらいは出来るよ」

 そう言われて、可南子は由貴を真似してやってみる。

 すると、さっきまでとは違い、ボールが綺麗にリングに吸い込まれる。

「こうですか?」

「うん、そんな感じ。女子でその身長でそのスピードなら、ほとんど防がれない

よ」

 その言葉通り、紅白戦で可南子は4本の3Pを決め、それがきっかけで見事選

抜チームに入ることができた。

 

 その時はそれだけだったのだが、その週の日曜、今度はツーリング先で、可南

子と由貴はバッタリ出会う。

 

「あちゃギアのかみ合せがおかしくなっちゃったかも」

 パーキングの片隅で、可南子は調子が良くない愛車を調べていた。

 この峠に登って来る途中、3速から4速にチェンジした時に、うまくギアがア

ップしなかったのだ。

「一応、下りだから帰れない事はないだろうけど

「あれ?可南子ちゃん」

 その声に可南子が振り返ると、そこにはツーリング仲間の1人である佐倉桂が

立っていた。

「どうした?」

「いや、登って来る途中で、シフトアップ出来なくて。ギアがおかしくなったみ

たいです」

「ちょっと待っててね。詳しいヤツ、連れて来るから」

 そう言うと、桂は自販機前にいる仲間を呼ぶ。

「ユキー、ちょい来てくれ」

 すると、1人がこちらに向かって来る。

「なんですか?」

 やって来た人物の顔を見て、可南子は驚く。

「あっ、この間の!!」

 やって来た方も、可南子の顔を見て驚く。

「ユキ、可南子ちゃんと知り合いなのか?」

「こないだの選考会で会ったんです。ペーターさんとはどういう関係で」

「ツーリング仲間で、今年からは義妹の通う高校の生徒会長トリオの1人」

「舞ちゃん、てっきり名神だと思ってましたから、マリア祭で見掛けた時はびっ

くりしました」

「なかなか実家に帰らない義兄は、てっきり藤宮に行くものと思ってました」

 互いの言葉に、くすくすと桂と可南子は笑う。

「それはさておき、こいつは俺の後輩で松岡由貴。で、ユキ。こちらはリリアン

女学園の紅薔薇さま、細川可南子さんだ」

 前半は可南子に対して、後半は由貴に対して桂は紹介する。

「で、可南子ちゃんのバイク、シフトしなくなっちまったらしいんだよ。それで

お前さんを呼んだわけだ」

「俺は実家がバイク屋の息子なだけで、修理とかは出来ませんよ?それで細川さ

ん、どんな感じですか?」

 由貴の問いに、登って来た時の状態を可南子は話す。

「うーん。それだとギアボックス系じゃないな。だとすれば

 そうつぶやくと、由貴は別の部分を見る。

「細川さん、バラしてないから言い切れないけど、クラッチがヘタレてるきてる

んじゃないかな」

「そっちか

 可南子はパチンッと指を鳴らす。

「じゃあ、動かさない方が良いな。一貴さんに連絡して、取りに来てもらおうか

?」

「そうですね。イチ兄さんにお願いしましか」

「と言うわけで可南子ちゃん、今からこいつの実家にバイクを取りに来てもらう

から。俺たちも一緒に降りていくし」

 それから30分後、やって来た由貴の兄のトラックに可南子のバイクは回収さ

れ、無事に修理されたのだった。

 

 

「ちょうどその頃に、それまでメンテをお願いしてたショップが移転しちゃって

、それから彼のとこでバイクを見てもらう様になって、選抜以外でも顔を合わす

機会が増えて。それから一緒にツーリング行く様になって

 放課後、山百合会の会合がなかったので、乃梨子は部活のなかった可南子と一

緒に帰り、駅前のベンチで昼間の続きを聞いていた。

 乃梨子は缶の緑茶を、可南子はカフェオレを手にしてベンチに座る。

「で、可南子は彼に徐々に惹かれていった訳だ」

 乃梨子の言葉に、顔を赤くさせながら、可南子はうなずく。

「彼、あたしを他の子と同じように見てくれるし、『かわいい』とか言うのよ。

それを言われるたびに、すごく気が楽になって

「それで、夏休み前に可南子から告白したと

 昼に可南子から告白したと聞いた時には、乃梨子は信じられなかったが、今と

同じように、恥ずかしそうに話す可南子を見て、真実なのだと理解した。

「彼といると、胸がキュンと締めつけられるのよ。約4年ぶりに『恋した』って

感じたわ」

「心臓を掴まれるような痛みよね」

 夕日に焼かれた空を見上げて、乃梨子はつぶやく。

「乃梨子はいまでも祐麒さんといると感じる?」

「いや、今は守られてるって感じが強いかな」

「祐麒さんもお姉さまと同じで、基本的に優しいものね」

「節操があるかないかの差だよね」

「お姉さまの節操のなさは、犯罪の域だから」

 その言葉に、乃梨子はプッと吹く。

「笑い事じゃないわよ、乃梨子と祐麒さんが結婚したら、義理の姉よ」

「あ、そうか。じゃあ、可南子とは別の意味で姉妹だ」

 その言葉に、今度は2人とも笑う。

 ビッビー

 笑いを遮る形で、車のクラクションが鳴る。

「「?」」

 2人が周囲を見回すと「リコ〜、可南子ちゃ〜ん」と2人を呼ぶ声が聞こえ、

その方を見ると、祐麒が青いCRVから手を振っていた。

「祐麒くん、どうしたの?」

「今から羽田まで祐巳を迎えに行くんだけど、2人も行く?」

 その問いに乃梨子は「うん」と答えた。

「可南子も行くでしょ?」

「いえ、今日は遠慮します。この後、用があるので」

 その答えに、乃梨子ならず祐麒も意外そうな顔をする。しかし、そう言う日も

あると考え、無理には誘わなかった。

「そのかわり、伝言をお願いします。『近々、お話があります』そう伝えてもら

えますか?」

「わかった。言っておくよ」

そう言うと、祐麒は乃梨子を乗せて車を発進させた。

 

 

「行かなくて良かったの?」

 それまでガードレールに腰掛けていた青年が、車を見送った可南子の背中に声

を掛ける。

「うん、今日はまともに顔を合わせれないから」

「可南子ちゃん、ごめんね」

 その言葉に、可南子はガードレールに腰掛けている青年由貴を睨む。

「また由貴君は自分を悪く言う。これはあたしの踏ん切りの問題だから」

 その言葉に、由貴は微笑む。

「俺もペーターさんから『祐巳ちゃんは怖いぞ』って聞かされてるから、覚悟は

出来てるよ」

 由貴はガードレールから腰を浮かすと、可南子のそばに寄って行き、頭を優し

く撫でた。

「じゃあ、今日はどこ行こうか?」

「来週、夕子さんと次子が来るから、次子のために絵本を1冊、買いたいのよね

「じゃあ、本屋さんに行って、その後お茶しようね」

 

 

「まぁ、今日は来ない方が良いよな」

 突然の祐麒の独り言に、「どうしたの?」と乃梨子が聞く。

「リコは気付いてなかったのか。ガードレールのとこに、可南子ちゃんの彼氏が

いたの」

「えっ!?」

「桂さんに昨日、秋葉原のゲーセンでばったり会って、可南子ちゃんが付き合っ

てるって聞いたんだよ。その後、喫茶店で写真見せられてね。それにしても彼、

浦和からバイクで来るなんて、がんばるなぁ」

「そうだったんだ。どっちにしても、会えないよね」

 車内は少し重たい空気になる。

ところで祐麒くん。桂さんと喫茶店行ったのよね

「うん」

「桂さんと言えばメイド喫茶よね。祐麒くん、メイドに萌えなかったでしょうね

?」

桂さんは萌えてたけど」

「あぁ、その空白が怪しいなぁ」

「だって、俺にはおかっぱ頭の可愛いメイドさんがいるじゃん、ここに」

「も、もぉ

 

 

翌日

 

「で、祐巳様にいつ紹介する気なの?」

「学園祭までにはするつもりだけど

 他の人に聞かれたくない乃梨子と可南子は、薔薇の館の物置で話をしていた。

「まぁ、由乃様みたいな事はないだろうけど

「瞳子の彼氏を木刀でボコボコにしたんだよね

 瞳子が彼氏を紹介した時、由乃はいきなり彼氏に切りかかり、ボコボコにした

らしい。

「でも、祐巳様ならファンクラブの兵隊を動かして

「やめて、ありえそうだから

 乃梨子の言葉を可南子は遮る。

「ところで、昨日は行ったの?」

「えっ?」

「だから、ゴニョゴニョ

 乃梨子にピンクなワードを耳打ちされて、可南子は答える。

「それは、2人でお姉さまに挨拶出来てからになった

 可南子は少し恥ずかしい表情で結果を伝えた。

「まぁ、そういう事が出来る前に、祐巳様に殺されないようにがんばってね」

可南子が由貴を祐巳に紹介するまで、あと3週間

 

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