「……なに?」
「やっぱり可南子さんって、ミーハーよね」
入園してすぐにキャラクターグッズ売り場でキャラクターキャップを買った可南子に、瞳子は溜め息をつきながら言う。
「いつぞやの遊園地の時も、そんな帽子を買って、ポップコーンのバケツ買ってたわよね」
「そういえばそうね」
可南子は少し笑うと瞳子に聞く。
「妹は良いの?」
「今日は法事だから仕方ないわ。それよりも、誘っていてなんだけど、可南子のほうは良いの?」
「あぁ、あの娘も地区選抜の合宿に行っていないのよ。それに、あの娘はあたしが瞳子や乃梨子と出かけても気にしないわよ」
「ならお互い、妹を気にせずに楽しめるわね」
そう言うと、瞳子は可南子の手を引いて歩速を上げる。
可南子は瞳子の横で歩幅を広げて、それに合わせた。
 
 
はじめにスーパースカイライダー、次にゴーカートに乗った2人は、続いて中央を周遊するモノレール型の乗り物、『でんでんむし』に乗っていた。
「そういえば、去年の夏にここの本家に行ったけど、こんなのに乗る時間、無かったわね」
「そりゃそうでしょ。あたしたちはあそこへ闘いに行ったんだから」
「それにしても、プライベーターが初出場して、いきなり優勝するなんて、あり得ない事をやってのけるんだから」
「はっきり言って、ついてたと思う。優勝候補が多重クラッシュでいきなり5組も消えて、有力なチームもトラブルに遭ったりしたからね。
それと佐倉さんがキレてたのもあると思う」
「確かに。あの2日間はいつもの佐倉さんじゃなかったわね」
「こんなんだったもんね」と、瞳子は目じりを指でつり上げる。
「あとはやっぱり小笠原の力でしょうね。いくらあたしや佐倉さんが速く走らせようとしても、マシンが遅くちゃダメだし、クルーが悪かったらダメだしね」
「まぁ、そこらへんは可南子の未来のお兄さんたちのおかげじゃないの?」
瞳子の冷やかしの混じった指摘に、可南子はにこやかに笑って言う。
「瞳子のダーリンも、いろんな物資の調達に奔走してくれたしね」
その一言に、瞳子は少し顔を可南子と逆に向ける。
「お兄……優さんは基本的に女性に優しいですから」
言った後、瞳子は可南子がくすくす笑っているのに気付く。
「お姉さん、嬉しいわ〜。相変わらずツンとしてる割に、柏木さんのことをお兄さまと呼びそうになったのを言い直したりするなんて。う〜ん、可愛い〜」
そう言うと、可南子は瞳子に抱き付く。
「やめてちょうだい、可南子さん」
 しかし、可南子は瞳子から離れず、さらに力を込める。
「う〜ん、確かに祐巳さまの言う通り、瞳子って感触が独特だわ。どちらかと言うと次子に似た抱き心地ね」
「ちょっ、どこさわってるのっ!!」
「小ぶりで張りのあるおっぱい」
「……忘れてたわ。そう言えば、修学旅行でも同じことしたしたわよね、可南子さん……」
「えぇ、そうだったわね。さて、戯れはこれぐらいにしないと、セクハラで訴えられるわね」
気付くと、でんでんむしはプラットホームに戻ってきていた。
 
 
園内のレストランでお昼をとっていると、可南子の携帯に着信が入る。
「…判った。他には?…うん。じゃあ、それを送れば良いのね。体に気をつけて、頑張ってね」
「……松岡さんから?」
「うん。なんでも『シューズが壊れたから、もう一足予備が欲しい』って。防弾チョッキみたいな材質使ってる靴が壊れるって、どんな履き方してるのって聞きたいわ」
「相変わらず忙しいわね」
「柏木さんに比べたらまだマシかもね」
「でも良いじゃない。日本代表なんて、普通はなかなかなれないんだから」
「まぁ、そうなんだけどね。ただ……」
「ただ?」
「せっかく同じアパートの隣同士なのに、前より一緒にいる時間が減って寂しいかな」
珍しく素直に心の内を話す可南子に、瞳子は少し驚く。
「瞳子と乃梨子に隠し事しても意味がないじゃない。すぐにバレるんだから」
「そうね。気付けば長い付き合いになるわね」
「全くよ。3年間、同じクラスだったうえ、大学の授業もほとんど同じなんだから」
「大学に関しては、スカウトが来てたのに蹴ったあなたが悪いと思うけど。
それに、あたしと乃梨子は専攻学科が同じだから仕方ないけど、あなたは学科が違うのに受けてるじゃないの」
「だって、日出美さんや笙子さんも居るから楽しいじゃない。
それと、あたしがスカウト蹴ったのは、あたしのしたいバスケは競争相手とするバスケじゃなくて、仲間と協力しあってやるバスケだからよ」
「仲間と協力しあうバスケ?」
「えぇ。一緒に頑張りたい仲間と力を合わせてやる。これはあたしが祐巳さまから貰ったものの一部だから、捨てることは出来ないわ」
「そう」
そう言い切る可南子を見て、瞳子はカップを両手に包むように持つと、軽く中の紅茶を揺する。
「やっぱりお姉さまの影響は強いわね。出会った頃と大違いだわ」
「それを言うなら瞳子もね。たぶん、あたしたちの分身も、祐巳さまの分身と一緒に火星で暮らしてるのよ」
可南子は指で空を指す。
「じゃあ、お姉さまの分身は大変だ」
「なんで?」
「あの2人は犬猿の仲だから」
「確かに」
2人はその様子を想像して、クスクスと笑いあった。
 
午後になると人出もピークになり、アトラクションのペースも午前中よりもゆっくりになっていた。
「ちょっと行きたい場所があるんだけど、良い?」
室内系のアトラクションを出たところで、可南子が聞く。
「良いですけど、どこに行くんですの?」
「あそこ」
可南子が指を差した方向の先には、催事ホールが柔らかい陽射しを受けてい建っている。
「ちょっと懐かしいものがあるのよ」
そう言うと、可南子は瞳子の手を引っ張ってホールへ向かう。


 

ホールの中には、クラッシックな車から最新鋭のレーシングマシンまで、様々なマシンが展示してあり、何組かの人がそれらを眺めている。
 可南子は歩きながら「あれは宇川・井筒ペアが8耐を制した時のマシンね」や「これはアイルトン・セナが乗ったマシンね」など、通り道沿いにあるマシンを
瞳子に解説して行くものの、立ち止まったりはしない。
しばらくすると、可南子は一つの展示スペースで立ち止まる。
そこに展示してある2台のバイクに、瞳子も見覚えがあった。
「左のバイクは去年、8耐で可南子さんと佐倉さんが乗ってたマシンよね」
「そう、前年度のレースでここの系列メーカーのマシンがチャンピオンマシンになったら展示されるのよ」
「それよりも右のバイク、可南子さんの乗ってるバイク……」
「の、モデルになったバイクのスペアよ」
可南子はそれだけ言うと、バイクを見つめたまま黙り込む。
そんな可南子を瞳子は見つめる。
「瞳子……」
 バイクを見つめたまま、可南子は瞳子に呼びかける。
「何です?」
瞳子の返事に、可南子は話し出す。
「あたしは今年もあの熱い場所に立って、再び一番になれるように懸命にやりたいし、あの歓びをもう一度みんなで味わいたいと思ってる。
  でも去年の多重クラッシュみたいに、アクシデントが起こった時に、転ぶぐらいなら良いけど、最悪の場合はこのマシンを駆っていたライダーみたいに、
  あたしはみんなのところへ帰ってこれなくなるかもしれない」
「……」
「もちろん、レース中にそんな事を考えてちゃ高速でコーナーに突っ込んでいけないから負けるし、脳内麻薬出てるから考え付かないんだけど、
このバイクの前に立ったら、そうなるかもしれないって、覚悟はしないといけないって思ってね」
「人は常に死と隣り合わせですわね……」
「そうね。それで、レース中だけでなくて、普段でもそういう事にならないようにって、ちょっと願をかけてみたワケ」
瞳子の方を向いた可南子は柔らかな微笑みを浮かべていた。
「なら、可南子さんが常にアクシデントに遭わないように、あたしも」
そう言うと、瞳子はマリア様に祈るように手を合わす。
「……これで最低でも、かならず今年も可南子さんは良いレースが出来ますわ」
「だと良いんだけど」
そう口では言いつつも、可南子は良い結果が出そうな予感がしていた。


 

 
「そういえば瞳子。前に2人で遊園地へ行ったじゃない?」
ピットガレージの中でライダー交替の準備をしている最中、唐突に可南子が話し出す。
「何を急に言い出すんです、可南子さん」
「いや、急にあの時の事を思い出してね。ここまで順調なのも、あの時の願掛けが利いてるのかなってね」
 急に振られた瞳子も思い出したらしく、「ああ、あの時の」と相槌を打つ。
「そう、それ」
可南子はそう言うとその場で2、3回屈伸をしてからヘルメットを被る。そしてヘルメットやライダースーツからはみ出ている髪を中に押し込む。
瞳子は傍によって、ライディンググローブを持ちながら、可南子の話に応える。
「少なくとも、可南子さんとあたしの2人分の願掛けですから、強いんじゃないです」
「確かにそうね」
「そう言うことで可南子さん、この1時間も全力でおもいっきり走ってきてくださいな」
そう言うと、瞳子はグローブを渡す。
瞳子の励ましとともに受け取ったグローブを着けると、可南子はスタンバイ位置へ向かう。
「そうだ、可南子さん。無事に終わったらあのマシンにお礼に行きましょう!」
いつしか祐巳と一緒にお稲荷さんにお礼に行ったことを思い出し、瞳子は周囲の音に負けないように言う。
それが聞こえたのか、可南子は側にいたクルーに何事か言うと、告げられたクルーはすぐに瞳子の元に駆け寄って来る。
「細川さんからの伝言です。『それなら、なおさら良い走りをしないとね』」
それを聞いて瞳子が可南子を見ると、可南子はサムズアップを送ってガレージを出ていく。
「えぇ、一緒にお礼に行きましょう。あたしも自分の身の上の事で、あなたに話したいことがありますから……」
 マシンに跨り、灼熱のコースへ出ていく可南子の背中に向けて、瞳子はそう呟いた。
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