海鳴駅近くにあるデパートの3F。
「あ、主はやて。それは勘弁を……」
 売り場の壁際に追い詰められて、烈火の将・シグナムは自分の主である八神はやてに懇願する。しかし、主はとてつもなくニコニコ顔でそれを切り捨てた。
「ダメや、シグナム」
 そういうはやての手には、白いビキニが握られていた。
 
 毎年恒例の元機動六課の旅行で、今年は『隊長たちの故郷が見たい』と言うアンケートの結果、海鳴近郊の海に行くことになったのだが、「私は浜辺で補佐官や
ユーノたちと荷物番をしていますから」と、前日になってシグナムが準備してない事が判かり、「全員、水着着用に決まっとるやろが」と、はやてに引っ張られる形で
水着売り場にやって来たのだった。
「しかし、そのようなものでは無く、ヴィータやリインのようなもので良いではないですか」
「判っとらんなぁ。世の中には需要があるもんとないもんがあるんや。で、ヴィータとリインは、ぜひスク水でってリクエストがようさんあったんや」
 それを受け、はやては親友であるすずかとアリサに依頼して、二人の名前入り(もちろんネームはひらがな)のスク水を調達していた。
「まぁ、ギンガにスク水を着せてって言ってた広報部の人間もいたけど、ギンガは不参加やから無理やわな」
「それで良い……」
「不参加やから作っとらへん。それになぁシグナム。これぐらいせな、今のフェイトちゃんには太刀打ちできへんし、なのはやアリサにも遅れをとるし、なによりヴァイス
 君が喜ばへんで」今度は赤のチューブトップ型のビキニを持ちながら、はやては力説する。
「しかし、あまり布が小さいものは……」
「スバルの話だと、ティアナはマイクロビキニを準備してるらしいで。セクシーな水着で包まれたティアナの若さ溢れる体が目の前にあったら、あたしでも我慢出来るか
 判らへんのやから、ヴァイス君が我慢出来るとは思えへんで」
 シグナムのプライドと恋心を煽るように、はやては揺さぶりをかけながら、今度はレモンイエローのハイレグの水着を勧める。
「この水着なら際どくはないけど、シグナムの締まった綺麗なボディラインを活かせるで」
 しかし、シグナムははやての話を聞いてはなかった。
(ティアナにヴァイスをとられるのは嫌だ……。ヴァイスの視線をずっとあたしに向けていたい……)
 頭の中で『マイクロビキニのティアナ』や『黒のセクシーハイレグを着たフェイト』、『美乳を際立たせた水着のアリサ』などがヴァイスに迫る想像をしていた。
 そして、そうしているうちに煮え沸き上がるものがシグナムの心の中に現れ、それが理性的に思考をショートさせて、ある種の暴走への導火線に火を点けた。
「主はやて……」
「なんや?」
「こんなんじゃ生温いです!!テスタロッサたちが再起出来ないぐらい圧勝出来る水着をお願いします!!」
「お、OKや(やっばー、勝負師のスイッチ入れてもうたみたいや)」
 いわゆる『いっちゃった眼』をするシグナムに、はやてはシグナムの手綱が己の手から離れて行くのを感じていた。
 
  翌日、月村家所有の別荘近くの浜辺では地獄絵図が展開していた。
 
 男性陣は血を流しながら前のめりで倒れて、ティアナはなのはに頭を冷やされた時以上の表情で海の家の影で震え、旧ソニックフォームに似たデザインの水着を着たフェイトは、「シ、シグナム……そ、それはちょっと……」と言ったきり、自分の最高の好敵手の暴挙に固まっていた。
「ヴァイス、おまえの為にこんな格好をしてみたんだが、どうだ?」
 そう迫るシグナムの水着は、某ビーチバレーゲームの最強コスチュームのような、危険部位を最低限だけ隠したものだった。
 限り無くないセクシーなものと、これに決めてから半日たって、多少は恥ずかしさが出てきたのか、少し赤くなりながらも、絡めとったヴァイスの腕に自分の胸を押し
 けるなど、シグナムは強気にヴァイスにアタックする。
 対するヴァイスは、理性がはち切れそうになってはいたが、残る気力を振り絞って、「姐さんの気持ちはよく判ったから、頼むからパーカーを着てくれ!!」と、
 腰を綺麗なくの字に曲げながらも説得した。
 さすがに愛する人の頼みなので、シグナムも『お前がそう言うならば』と言いながらパーカーを着て、ようやく事態は収拾されたのだった。
 
 
「う〜、恥ずかしい……」
 視線を痛いほど感じながらの夕食を終え、シグナムは割り当てられた部屋のベッドの上で突っ伏していた。
 さすがに自分でもあれはやり過ぎたと思う。もしかすると、逆にヴァイスに嫌われたかもしれないという考えがシグナムのを頭を支配する。
「騎士でありながら、冷静さを忘れてしまうなんて……これはきっと鍛錬が足りないからだ」
 そう呟くと、シグナムは鞘にレヴァンティンを納刀したまま、一心不乱に素振りを始めた。
 50回ほど振ったところで、コンコンとシグナムの部屋のドアをノックをする音がした。
「どうぞ」
「失礼します」
 そう言って入って来たのは、さっきまで悩んでいた原因であるヴァイスだった。
「ど、どうした、ヴァイス?」
「いや、姐さんのことだから、今日の事でちょっとへこんでそうだなって思って、景気づけを持ってきたんすけど」
 そう言うと、ヴァイスはこの近くのショッピングモールの包みをシグナムに渡す。
「これは…」
「俺が姐さんに似合うと思う水着を選んで買ってきました。明日はそれを着てください」
「ヴァイス、おまえ……」
「他の野郎に好きな女のあんなセクシーな姿を見せれるほど、俺は図太くないですから」
 少し照れながらも、ヴァイスはシグナムを見つめて言う。
 ヴァイスの告白に近い言葉を聞いて、目を見開いていたシグナムだったが、すっと唇を緩ませ、ヴァイスを見つめ返すと、宣言するように言う。
「あぁ、私もおまえ以外にあんな姿を見せたりはしない」
 そのシグナムの表情は、満面の笑みだった。
 
 
翌日
「昨日とは別の意味で、男性陣は固まるかもね」
 浜辺にある更衣室で、昨日とは違う水着を身につけたシグナムを見つけたフェイトは、事情を聞いて楽しそうに笑みを浮かべて言う。
「そんなことはどうでも良い。私はヴァイスが見てくれさえすれば、それで十分だ」
  少し頬を染めながら言うシグナムの水着は、シグナムの髪の色とマッチした、しかし普段のシグナムの燐とした印象とは逆の、少し可愛げな印象を与える薄桃色のビ キニだった。

 

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